昔、木曽の山の中に、孫兵衛という馬方がありました。
ある時、一人の僧が、その馬に乗りました。
道のわるい所に入ると、そのたびに、孫兵衛は、馬の荷に肩を入れて、
「おっと、親方、あぶない、あぶない。」
といって、馬をたすけてやりました。
僧はふしぎに思って、そのわけを尋ねました。
すると孫兵衛は、
「私ども親子四人は、この馬のおかげで暮らしておりますから、
馬とは思わず、親方と思って、いたわるのでございます。」
と答えました。
約束した所へついたので、僧は代金を払いました。
孫兵衛は、まず、そのお金で餅を買って、馬に食べさせました。
そして、家の前に行くと、孫兵衛の妻と子が、馬のいななきを聞きつけて、むかえに出て来て、さっそく馬にまぐさをやりました。
僧は、それを見て、孫兵衛の家中が、みんな心がけがよいのに、たいそう感心しました。
尋常小学校修身 昭和11年より