若い世代ほど知ってほしい トヨタ以上だった日本の栄光 ソニーの凋落(上)

現在、日本で一番の企業というと、トヨタを思い浮かべる方が多いでしょう。若い方ほど、そうでしょうね。

しかし、少なくとも1990年台までは、日本で一番の企業というと、ソニーを挙げる人が圧倒的でした。

(関連外部リンク「若者のソニー“スルー”が深刻…そもそも「どういう製品を出しているか知らない」ビジネスジャーナル

 

・・・私個人としては、日本を代表する企業がソニーからトヨタに変わった時が、昭和に生じた「経済大国 日本」の終わりの始まりだったと思います。

 

それだけ昭和世代にとって、ソニーは誇りでした。

日本がただ豊かなだけでない、イノベーション力やセンスのよさでも欧米に劣らない先進国だと、世界に印象づけた代表格がソニーでした。

スティーブ・ジョブスがソニーに憧れていた話は今も有名ですね。

 

上はyoutube動画「What’s Happening to Sony? (The Rise and Stagnation of Sony)」(ソニーに何がおきている?その繁栄と沈滞)です。

全文英語ですが、再生回数は145万回近いです。それだけ、世界からみても、ソニーという会社の辿った運命は興味深いことなのでしょう。

そして、ソニーが沈滞したということが、世界の共通認識であることも示しているでしょう。

2017年の英ガーディアンの記事も、ソニーが90年代後半からサムスンやアップルの後塵を拝してきたとあります。ウォークマンの時代から新しい時代になるときに、他社に差を付けられてしまったとされています。

日本でも「ソニーは、なぜおかしくなってしまったのか」(東洋経済)のような記事は、今もよく見られます。

 

近年、ソニーは会計的に改善しています。「ソニー、年間一時金6.9カ月分に 18年度にならび過去最高に(日本経済新聞)」のような景気のよいニュースすらあります。

しかし、そのブランドの過去の輝きは、失われてしまっているといっていいでしょう。

 

「経済大国 日本」の一番星 ソニーとはどんな会社だったのか?

全盛期だった30年ほど前のソニーには、以下のような特徴がありました。
そしてこれらの特徴が、ソニーを現状に導いたともいえるでしょう。

 

現在のアップルの上位互換のようだった会社

ウォークマンをはじめとする全盛期のソニーの商品は、日本の栄光を振り返る話題が出るとき、頻繁にとりあげられますね。冒頭のyoutube動画でも紹介されています。

実際、ソニーの全盛期の創造性はすさまじいものでした。

アイデアの良さ、工業デザインのよさ・・・ほかと一味違う商品ばかり発表していました。

スティーブ・ジョブズがソニーに憧れていたことが今も話題になりますが、さもありなんという企業でした。
日本に興味を持つ欧米人が増えた理由のひとつも、ソニーのイノベーション力にひきつけられた人が多かったからでした。

 

ソニーの技術開発を担当した創業者である井深大氏は1908年生まれ。
儒教色の強い戦前教育を受け、日英同盟の破綻を迎え、米英を敵視し日本文化を重視する社会で若い時代を過ごした世代です。中高年に至ったあと戦後になり、アメリカ文化の流入を見た人たちです。

上のように2つの文化を歩む経歴を持つ1890年~1900年代生まれからは、松下幸之助氏、本田宗一郎氏、豊田喜一郎氏はじめ、戦後昭和を代表する企業の創業者が集中的に出ています。
ソニーもまた、こうした戦前~戦後を生きた人物から生まれた企業のひとつでした。
(関連記事:「なぜアメリカ人やイギリス人はイノベーション力が豊かなのか」)

 

「ソニーマニア」とよばれるファンを多く抱えた会社

世界から憧れられた、かっこいいソニーは、もちろん日本でも大人気でした。

ほとんどの場合、ソニー商品は他社の商品より割高でした。
それでもスタイリッシュで先進的なイメージにより、他社よりよく売れました。
家庭にソニーの家電があると、それだけで「ちょっと上」をアピールできました。

ソニーが生んだパソコンのvaioブランドは今でもありますね。
2000年頃、ソニーのvaioは持っているだけで自慢になりました。
会社に持ってくる人がいると、周囲に人が集まってくる状態でした

1980年代のVHS-ベータ戦争の頃には、すでにソニーのものなら何でも買う「ソニーマニア」といわれる人たちが、かなりたくさん存在しました。ソニー信者とよばれることもありました。
エレクトロニクス分野における、意識高い系といったところでしょうか?
平成に入っても、彼らはかなり長期に渡って、ソニー人気を支え続けました。

ソニーが日本の誇りとして輝いていた時代、トヨタはかなり地味なイメージでした。
30年前に、今のような未来が来ると予想できた人は、ほとんどいなかったんじゃないかと思います。

 

家電メーカーにもかかわらず金融並の高給だった会社

30年前、家電メーカーというと、一般的に給料はそこまで高くないことがほとんどでした。現在もそうかもしれません。
バブル期のころでも、一般的な家電メーカーの社員の平均年収は700万円台ぐらいでした。
社員の給料のほかに研究開発費、原材料費も必要なので、どうしても、そこまで高給にできないといったところでしょう。

しかしソニーだけは違いました。社員の給与は家電メーカーと思えないほど高く、平均年収は金融業界のそれに引けを取らないほどでした。

現在でもその高給は続いてるようですね。平均年収は900万円台となっています。

そして、後にとりあげるように、この高給が、ソニーを現在の状態にした原因の大きなひとつかもしれません・・・

 

日本で最も人気のある就職先だった会社

・イノベーション力が高く世界中の憧れ
・ブランド力も日本一
・給料も高い

30年前、このような会社だったソニーは、理系だけでなく文系からも圧倒的な人気がありました。
当時、エレクトロニクス分野に携わる人で、ソニー社員に憧れない人はなかったでしょう。
東大生の就職先としても人気がありました。

現在、アラフォー以上のソニー社員は、学生時代、全国で最高峰の成績をとっていた方が多いでしょう。

 

日本よりアメリカ市場を重視した会社

ソニーの発展を語る上で欠かせないのが、技術者である井深大氏と、営業を担当した盛田昭夫氏です。

彼らが育てたソニーは、はじめから欧米志向の強い企業でした。

社名の由来はラテン語の『SONUS (ソヌス)』です。
日本で最初にニューヨーク証券取引所に上場した企業でもあります。
アメリカ企業と同じ会計方法をいち早く取り入れたことでもニュースになりました。

個人としても井深氏はキリスト教徒であり、盛田氏も早いうちから子供たちをヨーロッパ留学させていました。
この子供のヨーロッパ留学を通して盛田家は、同じく留学していた後のCEO・出井伸之氏と親しくなったともいわれています。

ソニーでCEOという役職ができた後、その役職についたのは、出井氏含め欧米で長く生活した経歴のある人物ばかりです。

 

日米貿易摩擦がおきた1980年代、日本企業によるダンピングがよく話題になりました。
同じ商品を日本国内より安くアメリカ市場に提供し、アメリカ人からの歓心と人気を得る・・・こうした日本企業が当時、ダンピング企業としてやり玉に上がったのです。その代表的なひとつがソニーでした。

ソニーはいつも、日本よりアメリカやヨーロッパを見ている企業でした。

 

→グローバル企業としても日本で最も成功してた企業 ソニーの沈滞はどう起きたのか?「若い世代ほど知ってほしい トヨタ以上だった日本の栄光 ソニーの凋落(下)」に続きます