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日本の科学研究をダメにしたのはセンター試験!?復活が望めない理由

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日本の科学研究力の衰えの理由はお金ではない

英科学誌ネイチャーに、日本の科学研究がこの10年間で失速していることを指摘する特集が掲載された。(略)

論文データベースScopusによると、15年までの10年間に、世界中では論文数が80%増加しているのに、日本からの論文は14%しか増加していない。(略)

数が減っても質が保たれていればまだしもなのだが、ネイチャーが選定した各分野の超一流雑誌への日本からの論文数も残念ながら低下し続けている。また、日本の研究者が参加する国際共著論文の比率も続落と、どの指標をとっても退潮の一途であることが見て取れる。

現代ビジネス「日本の科学研究はなぜ大失速したか ?今や先進国で最低の論文競争力」

日本の科学研究力の衰えは、ここ10年ほどの間に頻繁に問題視されるようになりました。論文の捏造が増えているという報道すらあります。

その理由として頻繁に挙げられるのが「研究費不足」と「研究者の不安定な地位」です。国からの援助や研究者の生活の保証が少ないことを責める内容です。

しかし過去記事「ノーベル賞受賞者はツチノコ世代」で書いたように、私はお金の問題ではないと思っています。

むしろ東大など学生時代に高偏差値だった研究者が多い大学は、より大胆な研究費削減をしていいのではないかとすら思っています。

高偏差値の大学に合格できる人というのは、実際は研究者には向いていないのです。

 

センター試験世代の後、でなくなったノーベル賞

以下は日本のノーベル賞受賞者のうち、最も若い方4名を生年月日順に並べたものです。

梶田隆章 1959年3月9日(県立高校→埼玉大)
田中耕一 1959年8月3日 (県立高校→東北大)
---↓受験時に共通一次(センター試験)開始↓---
天野浩 1960年9月11日(県立高校→名古屋大)
山中伸弥 1962年9月4日(国立高校→神戸大)

共通一次試験(センター試験)が行われるようになって40年を越えますが、その期間に受験をした人でノーベル賞を受賞しているのは天野浩氏と、山中教授だけなのです。
驚くべき少なさですね。

しかも天野氏が受験したのは初めて共通一次が行われた年でした。このときは前例がなく、各校の倍率もまったく予想できなかったそうです。山中氏も三回目です。

共通一次を知らない方のためにお話すると、1989年まで大学入試センター試験に相当するものは共通一次試験と呼ばれていました。当時の共通一次は私立大学の入試とは無関係でした。しかしノーベル賞と縁の深い国立大学の入試においては、現在のセンター試験とほぼ同じ役割をもっていました。

高齢者の受賞が目立つノーベル賞ですが、田中耕一さんは43歳(2002年)、山中教授は50歳(2012年)で受賞しています。
共通一次/センター試験を受けて研究者になった世代には、当時の彼らの年齢を追いこしている方も多いです。しかし今のところ山中氏に続く受賞はありません。

 

共通一次(センター試験)の前はどのような入試が行われていたのか?

ノーベル賞を多くだしているのは、共通一次が行われる前の制度で入試を受けた人々です。

この時代、大多数の大学の試験は一次試験のみでした。各大学が、専門教科を中心とした3、4科目分の試験を独自に作成しました。戦前もこの入試制度でした。

共通一次試験によって、全員が5教科分の同じ試験を受け、合計点が各大学が出す基準の点数に達しないと、その大学の二次試験に進めないとする「足切り」制度がはじまります。
この改定により、高偏差値の大学を受けたい人ほど、5教科まんべんなく勉強を頑張る必要がでてきました。

また足切りの点数が高い大学ほどランクが高いなど、各校の序列が具体的な数値として公になるようになりました。

共通一次/センター試験が定着するにつれ、大学間は上下格差が激しくなり、偏差値というものへの信仰も強くなり、現在の価値観に近づいていきます。

 

なぜ高偏差値の学生は研究に向いていないのか

「高偏差値の大学を出た人なら何をまかせても他よりすぐれているはず。一般人には無理な素晴らしいことを思いつけるはず」
世間では、こうした思い込みがよくみられますね。

しかし違います。高偏差値の大学を出た人は、
「すでにあるものを素早く正確に理解したり、それを効率よく応用することが得意」
なのです。
組織内で生きるビジネスパーソンには向いた資質でしょう。
しかし、研究者に向いた資質ではありません。あたらしい事を一から始める人にもあまり向いていません。

なぜなら与えられた内容をすばやく学ぶ力が高い人ほど、学習内容に疑問を持つことがないからです。
彼らは模範的な回答テクニックをしっかり覚えます。こう答えれば高配点になるだろうと類推することも得意です。
しかし
「テキストにある解答が本当に正解なのか?他は駄目なのか?」を自ら確かめようとする人はあまりいません。そんな疑問を抱いて立ち止まっていては、時間を効率よく使うことを必要とされる受験戦争で負けてしまいます。

しかし新しい発見とは、古今東西、常に疑問から生じるものです。

今の日本は、もともと研究に向いていない人たちに、研究者になることを期待してしまっているのです。疑問に立ち止まるような人は社会のどこかに埋もれてしまっています。

「○○大学の研究室に入れるように苦手科目を克服しよう。成績をあげよう」
と思う人よりも
「苦手科目?そんなの時間がもったいない。それより自分が知りたいことについて、この○○大学の教授に直接メールしてみよう」
と思う人の方こそ研究者むきなのです。

大正~昭和に活躍した植物学者・牧野富太郎は好きな植物採集にあけくれた結果、小学校を中退してしまいました。牧野博士は教科書にも載る日本を代表する植物学者です。
今の日本だとそんな人は、さかなクンのようにタレントにでもならない限り、一生博士号とは縁がないでしょう。

 

「理系人材」を切り捨ててしまう日本の受験システム

「偏差値が高い人はそれだけ頭脳が優秀なのだ。社会に埋もれてる研究者向きの人間がいるなんて、ただの高学歴に対する嫉妬ではないのか?」

こう思われる方もいるかもしれません。
しかし、偏差値に頼る現行の制度自体に疑問を持ってみると、意外な死角がみえてきます。

 

数学だけできる生徒

以下は実際の話です。教育関係者の方なら似た事実を知る方も多いと思います。

とある大手の高校進学塾で、模試結果のランキングが貼りだされました。5教科それぞれのランキングと、それらをまとめた総合ランキングの計6枚です。
5教科全体の総合ランキングと、国語や英語などのランキングをみると、大体同じ名前が見つかります。
しかし数学だけは、他ランキングでまったく見ない名前が並ぶことが珍しくありません。
数学だけできるけど、他教科はよくないので、総合ランキングに入らない。こうした生徒たちが常にいるのです。
もちろん彼らは総合偏差値もあまりよくありません。

 

文系有利な偏差値制度

5教科または3教科で出す総合偏差値というものは、文系科目が得意な生徒に有利にできています。
そして進学で決定的な意味を持つのは、この総合偏差値です。
主要5教科のうち、理系科目は理数だけです。しかも中学校までの理科は暗記力で取れる文系的な単元も半分以上あります。つまり、3.5/5が文系科目なのです。
3教科でも英国数ですから2/3が文系科目ですね。

文系科目だけが得意な生徒の場合、
数学が平均以下でも他教科が高偏差値なら、総合の偏差値はなかなか良い結果になるでしょう。「ならば、もうちょっとがんばってみよう」と思うのが一般的な心理です。
そのため受験産業において、数学教師は引く手あまたです。募集の時点で、文系科目の教師と差がある高い報酬額を提示されることも珍しくありませんね。

しかし、理系科目だけが得意な生徒の場合、
数学だけできて、他教科が平均以下なら、総合偏差値はそれに引きずられるでしょう。そうなると親も本人も、高偏差値の学校への進学は諦めてしまうでしょうね。

私の知人にも、数学だけが非常にできる弟をもつ方がいました。しかし英語がどうしても苦手だったそうです。
結局、彼は文系科目が得意だった姉よりも偏差値が10以上も下の高校に進学することになりました。

 

一番優秀な人物が必ずしも高学歴になるわけではない

大学進学においても理系だけが得意な生徒は不利です。
文系志望の場合、早慶マーチはじめ理系科目を全く受験せず合格できる私立大学が多いですが、理系学部は私大でも英語が課されない入試はないです。
入試方法や大学の種類は増えてきているものの、基本的に理系で有名大学に合格できるのは文系理系オールマイティにできる生徒だけです。

以下も実話です。学生Aさんは理系科目が得意で常にクラストップでした。しかし英語ではどうしても80点以上が取れませんでした。
一方、同じクラスのBさんは英語が得意でしたが、理系科目では一度もAさんに勝てたことがありませんでした。
この二人が同じ工学部を受験した結果、Bさんは難関国立大学にストレート合格しました。
一方、Aさんは国立大学の受験に失敗し、Bさんとかけ離れた地味な進路になりました。BさんよりAさんのほうが研究者を志望してたのですが・・・

私自身含め、文系科目が得意な人は「英語など努力すれば誰でもできる」などと思ってしまいがちです。しかし、そこが頭脳の不思議さで、難関国立大の入試レベルの数学の問題をすらすら解ける生徒が、英語になると基礎的なところから躓いて、努力しても結果が出なかったりするのです。
そして理系人材の取りこぼしが起こる・・・。

それにしても、こうも大きな犠牲を出してまで、英語って果たして必要でしょうか?
こう問うと世間からは「現代の科学技術研究において、海外との連携は必須だから英語は重要だ」と判を押したような答えがかえってきます。

しかし実際のところ、西側諸国を窺わないと何もできない、何をしていいかすらわからないというのは、発展途上国の研究者に多く見られる特徴です。

日本がこうなった理由に、戦後、アメリカを手本に改革を進めてきた背景があります。アメリカ人にとって英語は母国語で一から学ぶ必要ない言語です。アメリカの理系学生は英語に頭を悩ませることなく好きな分野に打ち込めます。一方、日本は西側諸国を気にするあまり学生にハンデを課しているわけです。

ですが特色ある研究ならば、日本人側が論文を英語にして必死に売り込まなくても、英語圏のほうで勝手に興味をもって翻訳していきます。日本の識者が常々賛美するように、欧米の人々の知的好奇心は非常に強いですから。
戦後昭和で最も成功した企業ソニーがイノベーション力を世界から評価されていた時代、社員の多くは英語ができませんでした。
(関連記事:「若い世代ほど知ってほしい トヨタ以上だった日本の栄光 ソニーの凋落(下)」)

また理系学部は私立大学になると学費が非常に高額です。同じ大学の文系学部と比較しても年間50万円近い差がある私大が珍しくありません(医薬系ならもっとです!)。これでは、私大しか行けない成績なら文転してほしいと子供に望む家庭もあるでしょう。

こうした進学制度が半世紀近く続いてきた結果が、日本の理系人材の乏しさ、技術大国からすべりおちつつある現状につながっているといえるでしょう。

理系の学生は、就職活動の量や期間が文系と比べて少ないこともあり、優秀な学生の採用難易度がとても高く、企業同士での取り合いになってしまいます。

日本能率協会「理系新卒の本音が分かる内定辞退防止セミナー」

学問と学歴は違う


共通一次(センター試験)の制度は1979年の開始から半世紀近く続いてきました。
しかし、それを受けた世代の研究者としてのお寒い現状を見るに

「文系も理系科目もまんべんなくできて、一流大学に入ることができ
なおかつ世界の一流研究者に負けない優れた着眼点も持っている!」

なんてパーフェクトな頭脳の持ち主は、存在しないといっていいでしょう。

ノーベル賞受賞者のなかで現在の制度に最も近い受験をしたのは山中教授です。そして、その彼でさえ、自身で理論を築いたのではなく、英ジョン・ガードン氏の既存の理論を実証したという理由でのノーベル賞受賞でした。そのためガードン氏との共同受賞となりました。

開始当初、「偏差値」は大学や生徒のレベルの判断を標準化し、数値で比較できるようにできる、とても便利なものでした。
しかし、それから半世紀を迎えようとしてる今、いつのまにか「偏差値の高い学校」の存在は、競争心の強い人々のアクセサリーになってしまっています。
高い知能を持つ人ほど、幼いうちから競争に勝つことを期待され、学問というものが何かを見失ってしまっています。特に首都圏ではそれが顕著ですね。

上に述べた牧野富太郎が幼くして学校をやめるほど自由に振る舞えたのは、生家が裕福だったためでした。過去に読んだ伝記によると、日がな座り込んで植物をじっと観察しているような子供だったそうです。
もし現在、都内の裕福な家庭に牧野氏のような子供がいたら、親は彼を叱りつけて中学受験の塾に入れるでしょう。

学問とは偏差値や競争とは無関係なものです。学校にも所属しません。必要なのはただ「知」を求める心です。小学校を中退した牧野富太郎が日本を代表する学者になったように、ただ純粋に「知」を愛する人のものなのです。

※牧野富太郎の人生について→日本wiki「牧野富太郎」
日本の研究力を向上させるためとして、研究者の生活の安定や地位の保証を求める声が多いですが、牧野博士の人生をみると、それは生ぬるい意見ではないかという気がしてきます。

今まで勉強を頑張って高学歴になった見返りに安定した生活を求めたい人は、研究者になるべきではないのだろうと思います。学問は打算の世界ではないでしょう。

一方、とにかく学問や研究が好きだという人に対しては、学歴に関係なく門戸を広げ、その内容に応じて学位も積極的に与えるべきだと思います。

しかし現実的な話、今の日本の高学歴の人々にとって、それは感情的に受け入れがたいことでしょう。できないとわかっているからこそ、今後の見通しも暗いと思うわけですが・・・

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E7%AB%8B%E6%97%A7%E4%B8%80%E6%9C%9F%E6%A0%A1%E3%83%BB%E4%BA%8C%E6%9C%9F%E6%A0%A1

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